惜しみなく稼ぎ惜しみなく使う豪快女
2021/5月/09 新興住宅地として小綺麗な家々が立ち並ぶエリアの一角に、時代から取り残されたような古ぼけた平屋がある。そこが、今回の主人公である中年女性が営む喫茶店だ。看板もない。開けっ放しの入り口からはボロボロの店内が見えるから、かろうじてそれが喫茶店と分かる具合だ。メニューは潔い。香ばしく焼き上げた焼きそばチャオミン、素朴なチャパティ、そして滋味深い豆スープ(ダル)のみ。
小太りな体躯を揺らし、湯気の向こうで立ち働く彼女の姿は、一見すると日々の生計を立てるのに精一杯な「苦労人」の未亡人のようにも映る。しかし、その実態を知る者は、彼女を畏敬の念を込めて「この界隈で最も自由で、最も裕福な女」と呼ぶ。
彼女には、このおんぼろ喫茶店からは見えない、2ブロック先の豪邸エリア内でも一際どっしりとした威容を誇る大邸宅がある。だが、彼女はその豪華な自室で優雅に寛ぐことなどしない。3階建ての全フロアを複数の家族に貸し出し、確実な家賃収入を得る「オーナー」としての顔を持つ。彼女自身はといえば、屋上に設えた仮設の小屋を寝床とし、夜露を凌ぐだけで満足しているのだ。
彼女の活動は止まらない。不動産収入と喫茶店の売上だけでは飽き足らず、昼間は外部の会社へパートタイムの仕事にまで出掛けていく。
「なぜ、そこまで働くのか?」
その答えは、彼女の極端なまでの「稼ぎ方」と「使い道」のコントラストにある。
彼女の最大の道楽は、国内旅行と高級貴金属の収集だ。暇さえあれば煌びやかな装身具を身に纏い、ネパールの険しい山々から秘境の村まで、神出鬼没に旅を繰り返す。その移動距離と散財ぶりは、この国でも類を見ない。彼女にとって金は、貯め込むための腐った水ではなく、人生を謳歌するために激しく流すべきエネルギーなのだ。
しかし、その奔放な欲望の裏側で、あのおんぼろ喫茶は別の役割を果たしている。
ここでは利益など度外視だ。路頭に迷う者、腹を空かせた近隣の子供たち――。彼女は、外で稼いできた「強い金」を、この店で「優しい食事」へと変換する。時には勘定を受け取らず、腹いっぱい食わせ、疲れ切った労働者が着たら店内にある小さなスペースで仮眠させてやるほど気前が良い。
豪奢な邸宅を他人に貸し出し、自分は屋上の小屋で眠りながら、困窮する者には無償でスープを差し出す。そして手元に残った大金で、誰よりも派手に宝石を買い、旅に出る。
「惜しみなく稼ぎ、惜しみなく使う」
彼女の生き様は、富の独占をよしとする現代社会の価値観を、豪快な笑い飛ばすかのような気風の良さに満ちている。
