山間部の豊かな紳士 - ヒマラヤの麓で見つけた、もう一つのネパール

2021/5月/08
ネパール

標高に住まう気高き魂

フェワ湖が夕日に照らされ桃色に染まる町ポカラ。そこで出会ったその男は、誰もが足を止めるような豪邸に住んでいた。しかし、その屋敷の主が「富」に対して抱く態度は、私たちが知る物質主義的な執着とは、全く異なる目線にあった。 彼はかつてインド軍の兵役に従事し、長年異国で規律と死生観を磨いてきた。退役後は故郷に戻り、軍からの年金と国際NGOからの委託を基盤に、地域社会を支える「ソーシャルワーカー」として余生を捧げている。近隣の誰もが彼を「紳士」と呼び、敬意を払う。多くの若者がアメリカ、日本、ドバイやカタールへの出稼ぎを夢見て、故郷を「脱出すべき貧困の地」と見做す現代のネパールにおいて、彼は一切の目線を外国に向けなかった。彼にとっての宇宙は、この山の国と、そこで懸命に生きる人々の中に完結していた。

食卓に並ぶのは、町から1時間ほど離れた彼の生まれ故郷の村から届く、土の香りが残る食材ばかりだ。市中の喧騒の中で売られる、出所の知れない野菜に頼ることはない。自らのルーツである村の土で育まれたオーガニックな恵みを、身内で丁寧に仕込んだ調味料で味わう。それは単なる贅沢ではなく、自給自足こそが最も尊いというネパール古来の矜持に、兵役で培った妥協しない規律と合理性が混ざり合った、彼独自の哲学の現れだった。

彼は、ネパール人がこよなく愛する甘いミルクティー「チヤ」には見向きもしない。代わりに、複数のスパイスが複雑に香る独自配合の薬草茶を喉に流し込む。そして夜が更ければ、ジョニーウォーカーやシグネチャーといったスコッチウイスキーのボトルを開けるのだ。関税の影響で、外国の数倍もの値がつくその琥珀色の液体を、彼は毎晩欠かさず楽しみ、訪れる客にも惜しみなく振る舞う。

一方で、彼は自家製の「密造酒」にも深い愛着を持っていた。それは、村の身内だけが厳格に管理して醸造したオーガニックワインだ。「口にするものは、誰の手によって作られたか分からなければならない」という彼の口癖は、食の安全が揺らぎ始めた現代社会への、静かな警鐘のようでもあった。

豪邸にいは屋上があり、ヒマラヤの山景が一望できる。その一角に作った小さな小屋を見せてくれた。実に質素で記念のアイテムがいくつか並び、小さなベッドとがあるだけ。「風景を愛で、静けさの中ただ何もしない」という孤独の楽しみ方を反映していた。
彼の野心は、かつての村にあるヤギ牧場に向けられていた。一頭一頭が多額の資産価値を持つヤギを、彼は既に50頭も飼育している。私が見学に訪れた時も、彼は慣れない手つきで新しいヤギ舎の増築に精を出していた。群れを増やし、村の雇用を生み、土地の力を底上げする。それは、私利私欲を肥やすための拡大ではない。
富を手にした者の多くは、いかに快適な椅子に座り、いかに他者に頭を下げさせるかに腐心する。しかし彼は、今日もくたびれたスーツに身を包み、自らの足でぬかるんだ山道を歩く。地位も金もありながら、彼は常にチャリティーの最前線にいた。人々の窮状に耳を傾け、自らの資産を惜しみなく投じるその姿は、都会の豪華なオフィスで成功を謳歌する「リッチ」たちのそれよりも、遥かに高く、気高く、そして自由に見えた。
ネパールには、想像を絶する豊かさを持つ人々がいる。しかしその真の価値は、財布の厚みではなく、その富をいかに故郷の土へと還し、人々の笑顔へと変換できるかという、その一点に集約されているようだった。