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ネパールのカースト制度

この記事では、ネパールのカースト制度についてその仕組みから歴史、現状までの経緯を徹底的に解説していきます。ネパールでカースト制度が廃止されたのは1962年ですが、半世紀以上経った今も色濃くカースト意識が残っています。

ネパールカーストでバフンになった北インドのブラーミン(クマイバウン)

今日この記事では、ネパールのカーストであるバフンのクマイ派について述べてゆきます。
ネパールカーストについてはこちらの記事もあわせてどうぞ: ネパールのカースト制度の階級序列1にバフンというのがある。しかしこの階級は内部でウパダヤとジャイシという二つの階級に分かれている。さらに、ウパダヤ内にもジャイシ内にも、クマイとプルビヤという二つの派閥がある。これは派閥であって序列ではないのだけど、なぜ派閥があるのか?

クマイバウンというのは、インドのクマオンから入ってきた人々のことで、そのためネパールでクマイバウンと呼ばれるているのだ。プルビヤバフンは文字通り東のバフンという意味になるのに対し、クマイはネパールの西の外、つまり北インドのクマオンという山岳地帯から入ってきたバフンという意味になる。実際、クマオンから来たブラーミンたちなのだ。彼らのもともとのルーツについては、クマイバウンの名字にはウッタルカンダのクマオンのみならず、ヒマーチャルプラデスやパキスタンとインドのパンジャブ州の中間地帯、ラビ川周辺の地に遡る苗字もある。例えばアワスティという名字は北インドのヒマーチャルプラデシュ州にも散見される。彼らの先祖はクマオンに来る前は他の地域、そのさらに先祖は他の地域から、というように、徐々に東へ東へやってきて、ついにネパールにまで入ってきたとなると、クマイバウンと総称しているものの、ルーツはだいたい北インドということだろう。

実際私は北インドのブラーミンの家にも2ヶ月ぐらい住んで、だいたい彼らの私生活から(見たくない部分まで)全てほとんど見たつもりでいるが、外見はクマイとそっくりであった。
私の知人は言った。「昔はクマイはプルビヤの飯は食わなかったし、プルビヤもクマイの飯は食わなかった」と。ヒンズー教カースト制度の正統性を「我こそが」と競っていたわけだ。昔は自分より下の階級が作ったメシは食わなかったらしい。婚姻ももちろんしない。そのため、クマイもプルビヤも同じバフンであるのに婚姻はそれほど進まず、そのため今日までクマイバフン、プルビヤバフンという言葉が残ったわけだ。後述するが、プルビヤバウンの人口の多さに比べて、クマイが少ないのはその苗字の数を見ても分かる。やはり外部から入ってきた集団である。 1969年カースト制度廃止、それからだいぶ経つ現代は両者の婚姻は珍しいことではなくなっている。さらに最近では異カースト婚もある。 クマイバウンはプルビヤのような傲慢な印象は無い。インド北西部のブラーミンとよく似ている。口論家ではなくリラックスし、「これはこれ、それはそれ」が確立されている人が比較的多い気がする。

以下

クマイブラーミンの苗字(あいうえお順)

アワスティ、ウプレティ、オージャ、オリ、カレル、カクレル、カデル、カンデル、スィワコティ、セダイン、タパリア、チャウラガイン、チャタウトゥ、ティワリ、トゥリパティ、バッタ、パタック、パネル、パンタ、パンデ、ビスタ、プラサイ、べトゥワル、マイナリ、ミシュラ、レグミ、レカック、ロハニ

上記のうち、ティワリ、レグミ、ミシュラはプルビヤにも存在する。ビスタはチェトリにも、バッタはネワールにも存在する。

英語の綴り
Awasthi, Upreti, Oja, Oli, Kharel, khakurel, Kadel, Kandel, shiwakoti, Sedhain, Thapalia, Chaulagain, Chataut, Tiwari, Tripathi, bhatt, Pathak, Panel, Panta, Pandey, Bista, Prasai, Bhetwal, Mainali, Mishra , Regmi, Lekhak, Lohani