ネパールのカースト制度の歴史と部族の序列・職業を解説

2018/12月/08 ネパール

カースト制度はヴァルナ(ヒンドゥーの神に与えられた身分)という価値観の基、人々を人種や部族ごとに階級化し、職業が定められ、延々と世襲させた身分制度であり、ヒンドゥー教信仰が無いと成り立たちません。そのため先住民族にヒンドゥーへの改宗を迫った弾圧なども行われました。カースト制度により各部族が混ざり合うことがなかったため、現在もネパールには123の言語が残っていますし、部族ごとに特有の苗字があります。そのため、人々は相手の苗字で部族や階級まで知ることができます。これによりダリットと総称される低い階級への過酷な差別・暴力が蔓延した弊害もあります。更にダリット問題のみならず、ヴァルナごとで職業が定まっているため、一般大衆でさえ才覚ある者でもヴァルナが異なる理由で適切な職業分野に進むことも、そもそも教育の場が提供されず才覚を自覚することもできないケースは多々あったと考えられ、国民一人一人の潜在力が封じられ国としても未知の可能性を見出す機会を封殺してしまった状態であったと言えるでしょう。この自縛のようなカースト制度が長く続いたことにより、階級ごとで生活スタイルが異なる慣習がこびりついたため、今も旧階級の異なる者同士が交流する際はある程度の知識を持つことが必要となっている側面まであることが、カースト意識が消えない理由になっています。カースト制度が公式に廃止されたのは1964年ですが世間には残り続けた証拠として、ダリット(被差別層)差別が違法になったのがカースト制度廃止から約半世紀後の2011年という点があり、いかにこの身分制度が尾を引いているかが分かるかと思います。本記事ではそんなネパールのカースト制度の歴史と部族の序列・階級ごとの職業ついて詳しく解説していきます。

カースト制度の基本原則ヴァルナ

カースト制度は人々を4つのヴァルナ(階級)と、ヴァルナに入れてもらえない人々とに分類し世襲させた制度です。まずヴァルナを以下に序列順に記述します。

  1. バラモン:神が原人の口から作ったとするヴァルナ
  2. クシャトリヤ:神が源人の腕から作ったとするヴァルナ
  3. ヴァイシャ:神が原人の腿から作ったとするヴァルナ
  4. シュードラ:神が原人の腿から作ったとするヴァルナ
  5. ヴァルナ外:ヴァルナに入れてもらえない人々

神によって作られた身分という価値観でお分かりのように、つまりヒンドゥー信仰とネットになっています。そのため資産で身分が変化することはありませんでした。次にそれぞれのヴァルナの詳細を書いていきます。

ヴァルナと職業

バラモン

司祭や教育者のヴァルナ。テクノクラート、警察、武装警察、学者、政治家、研究者、教師、(時々軍の高官も)などを担う。しかし職が無限にあるわけではなく貧農も多かった。職に就けば裕福になりやすかったし、要職にコネクションがある人が多く、行政手続きなども早く受けやすかった。バフン族がこのヴァルナに該当する。

クシャトリヤ

武人のヴァルナ。兵士、王族、役人など軍関係に多い。バラモンと同様に政治家も排出した。チェトリ族やタクリ族がこのヴァルナです。

ヴァイシャ

農民、商人、自由業の階級で、しばしばビジネスカーストとして解釈される。タカリ族グルン族、マガール族、ライ族、リンブー族などが含まれます。ヒンドゥーにおいて金銭管理そのものは嫌悪されたことではなかったが、それとは性質が異なる「倫理を伴わない商売による貪欲な富の追求」という行為は商人の階級であるヴァイシャが中心に行っていた。 また現代ネパールで外国人傭兵として活躍するグルカ兵は実はクシャトリヤの部族ではなく、ヴァイシャのグルン族やマガール族やライ族やリンブー族など山岳の少数民族がほとんどを占めています。

シュードラ

最下層のヴァルナであり、鉄工(武器職人も含む)、精油、皮・革靴産業、音楽職人、洗濯職人、土器職人、衣服の仕立て屋、清掃員、重労働などいずれも生活に欠かすことのできない専門職の分野です。水の共有禁止、生物の受け渡し禁止、法を学ぶことが禁止、ヒンドゥー寺院に立ち入り禁止など差別に晒されていました。

ヴァルナ外

シュードラと同じく差別に晒されていて、触れることも許されない不可触民にカテゴリーされ、非常に汚い仕事を担わされていたそうです。

以上の様に、ヴァルナではシュードラが一番低い階層であるものの、その下に更にヴァルナ外の人々という概念が用意されており、シュードラとヴァルナ外の人々は差別的な扱いを受けていたことから、現代ではダリットと総称されています。ダリットとは被差別者を差別的に呼ばないようにするためにできた新たな言葉です。

職号について注意したいのは、ネパール人は誰もが自給自足の農業をしていた点であり、ヴァルナと職業が表すのは、あくまで就職するなら上記の職につくことになっていたということであり、職が各階層のために常に際限なく用意されていたわけではないことです。実際、司祭階級でも日頃は農業で貧しい暮らしをしている者がほとんどでした。それから、清浄と不浄の概念があるため、今でも大勢に振る舞う料理は上位カーストが作るらなければならないなど、潜在意識に尾を引いています。21世紀に入った今でも農村では井戸をカーストで分かて作ってあるところもあるほどです。

ヴァルナのポイントとしては以下のことなどがあります。

  • バフンに警察が多いのに対し、チェトリは軍に多い。
  • 職に貴賤があり、階層ごとにふさわしい職の概念がある。
  • 下位とみなされた丹治職人階層の中でも貴金属を扱うカーストは裕福な者が多い。
  • 下位階層は不浄とされ、水の共有、生物(なまもの)の受け渡しが禁止されていた。
  • 下位階層は法の勉強を禁止されていた。

ネパールのカースト制度の歴史

ネパール周辺の地形図

カースト制度は太古の時代、ヒンドゥー教徒の入植と共にネパールの地にも広がっていったと考えられています。もちろんその頃はまだ現在のネパールという国も領土概念も存在していなかった時代です。比較的敵が侵入し難い意味で安全で辺鄙な地域とも言えるヒマラヤ山麓では、各地に様々な勢力が小国や地域連合を成し、仏教系部族や、キラット系部族など、ヒンドゥー以外を信仰する部族も多くいたわけですが、南方の平野側からヒンドゥー教徒の長期にわたる分散的な入植者が最多人口になっていくのは自然なことですね。

初期においてヒンドゥー系の人々がカースト制度という独自の序列制度を持っていたとしても、他の民族にしてみればそれはただの異なる風習をもった人々に過ぎず、ヒンドゥー側がいくら他人を蔑視しようとそんなローカルルールに効力はないし誰も聞きません。しかし徐々にヒンドゥー系が増え、囲まれるようになると話は変わります。他の民族はヒンドゥー系の外にいたつもりがいつのまにかヒンドゥ系社会の中にいるも同然になり、そして遂にヒンドゥー系が土地の支配者となりカースト制度が国の決まりであると発表されたと考えると、他民族にしてみたら迷惑な話ですね。

ネパールの中部の山奥にあったヒンドゥーの国ゴルカ王国は18世紀になると西へ東へ侵攻を繰り返し、周辺のマガール族を平定、カトマンズ盆地のネワール族を平定などして、1768年に現在の領土を占めるネパール王国を建国しました。ヒンドゥー信仰のゴルカ王は特にヒンドゥー教への思い入れが強かったようで、(当時インド大陸の北半分ではムガル帝国のイスラム勢が支配者となっていた情勢もあり)ネパールを建国した際に「もはやこここそが真にヒンドゥー教義が実践される最後の地」とまで豪語し、ヒンドゥー教の法典を基にした階層化社会を支配民に強制しました。それから時代は下り1854年、世界情勢が近代化していく中にあっても、なんとネパール王国の憲法ムルキー・アインにわざわざカースト制度を明文化してしまっています。

1854年新国家法典ムルキー・アイン(当時のネパール憲法)を作った中心人物のジャンガ・バハドゥル・ラナ(宰相)は欧州視察もした人物で、"国民"と"国家"という新しい概念に触れていたはずですが、新たに作った憲法ではカースト制度の廃止ではなく明文化。カーストは信仰とセットになっているため、欧州を視察した後も、社会の構造をカーストや人種で捉える思考から脱皮できなかったようです。

ちなみに1854年といえば日本は幕末。列強の先進性を目の当たりにし"国民"と"国家"という新たな体制を模倣する人々が出始めました。彼らは欧米に圧迫される世界の姿と、欧米の強力な軍事力を見せ付けられ、明日は我が身という危機感を抱くと同時に、近代システムを導入することによる国家の伸びしろにも関心を示していました。結果的には内部の衝突を避け大政奉還、無血開城を成して維新を達成し、支配層自身が武家社会を終わらせています。世界情勢に対する感じ方は国によってこうも異なるわけです。

各部族内に更に非公式のカースト制度がある

さて、ネパール全体の公式版カースト制度とは別に、各民族内部にも独自のカースト制度があります。少数民族のタカリ族やグルン族にさえ苗字ごとのグループが存在し序列がありました。その中で、比較的人口が多く、細かく細分化されたカースト制度を持っていたのがネワール族やタライ平原のヒンドゥー教徒(マデシ)などです。例えばネパールのカースト制度で中間層ヴァイシャに属するネワール族ですが、ネワール内だけで通用するバラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラ、アウターカーストなどの階級が存在しています。カトマンズでは先住民ネワール人の人口が多いため遭遇することも多く、カトマンズにいる時はこんがらがりがちですが、俺はバラモンだと言うネワール人がいても、それはネワール族内での階級を言っているのであって、ネパール全体のカースト制度との互換性はありません。タライ平原のマデシの人々の序列も同様です。ネパールは各民族それぞれの部族意識が強いため、この様な族内カースト序列が今日まで存在しています。

ネパールでカースト意識が無くならない理由

ネパールでカーストを差別的な理由で捉えている人はずいぶん減っているにも関わらず、カースト意識そのものは一向に消える気配がないのはカーストによって生活の仕方が違うからです。例えばタマン族、マガール族などにはそれぞれに独自の暦があり、新年を祝う日が他のカーストと違ったり、或いは、バフン族はバッファローや豚の肉を食べなかったり、ネワール族はバッファローも食べるし人目を気にせず独自の酒も飲んだり、など、つまり差別的な意味とは違い、相手と社交するためにもカーストに対する知識が必要だからです。カーストについての予備知識を持つことは、一般常識と言っても過言でない状況が、ネパールでカースト意識が一向に減退しない理由になっています。

ネパールのダリット差別

実はダリットという言葉自体は差別語ではなく、被差別層を差別的に呼ばないために新しく作られた言葉です。ダリットは"階層外"とみなされ、平等な権利を認められていませんでした。具体的には以下の様な過酷な差別に晒されていました。

  • 水の共有を禁止されたダリット達は生活用水を汲む公共の井戸も触ってはダメ、どうしても使ってしまった場合などはリンチを受ける事件が度々起きていました。
  • ヒンドゥー教徒でありながら、ヒンドゥー寺院に入ることを許されませんでした。
  • 他のヴァルナとの婚姻は禁止されていました。
  • 下位カーストが上位カースト女性と姦通すると厳しい処罰を受けるかリンチを受けていました。
  • 不可触とは文字通り触れてはならないことで、仮に触れた場合、上位階層は行水して身を清めたり、座った場所を水で清めていました。同じ所にいることも嫌悪され、咎められるか高位が自ら距離を置いて離れるほどでした。
  • にも関わらず、上位カースト男性が低位カースト女性にボディタッチすることはOKでした。売春カーストはその典型例です。
  • ダリット女性はレイプのターゲットになることも多く、数多くの精神的・物理的なバイオレーションに曝されていました。

とまあ、ここまでいくと滑稽を通り越して双方が生活に支障を来すレベルです。カースト制度は身分によって刑罰が加減され、人々を理不尽に格下げしたり、偏見を生ませ無関心に放置、或いは辛らつに抑圧して負の連鎖に閉じ込めたため、今も人心の離反と社会進出の停滞を生んでいます。

ダリット差別問題の解消が急務

ダリットへの差別や暴力は今も時々起こりニュースになっている。しかしそれが問題視されていることに進歩が伺える。人として充分な扱いを受けられず、傷ついて倒れても助ける者もいないまま、何世紀にもわたってさらなる暴力にさらされていたダリットの問題を解消するべく、今では行政や各国の団体が動いている。2011年ネパールのダリット人口は360万人との調査結果が出たそうだが、実際はもっと多いとも考えられている。ネパールの人口が2900万人だから360万人は非常に大きな比率で、ダリット差別の撲滅が大きな課題と見られている。

ダリット優遇策

現在ダリットは法の下に保護されています。平等教育や一時金の支給や医療費免除などさまざまな優遇策がとられ、意識向上した都市部ではダリット差別がかなり薄れています。田舎の方ではまだ差別意識が根強い所もありますが、都市から地方へ波及するタイムラグは多少あるでしょう。

教育によるカースト意識の変化

学校では子供達に新しい教育がなされ、年齢が若くなるにつれて差別意識、階級意識が希薄になっていますが、ネパールで生きる以上、カーストごとの風習の違いを何れ目の当たりにすることになり、成人するまでにある程度カーストについて知っていくのが必然です。それでも差別意思はかなり減っています。

ヒンドゥー棄教と改宗禁止法

信じても自らを下位カーストとしたヒンドゥーでは救われない人々が、キリスト教の教義によって心の救済を得ています。ネパールでは現在キリスト教徒の増加が著しいと感じます。また、昔弾圧を受けてヒンドゥーに改宗した少数民族がもともと信仰していた仏教や自然信仰に戻るケースもある様です。今やネパールには至る所に教会ができています。教会は聖書を通して良心の在り方を解いたり、慈善活動として物質的な救済もしています。これを金で信仰を買うと批判する声もありますが、恵まれない人々に衣類や生活に必要な金銭を援助する事は何もしないよりマシで、ヒンドゥー教徒自身の考えを改めさせる契機にもなっています。仏教も同様に、チャリティーのためにタイやチベットから僧が来て物質的な支援や子供達に学習機会を与えています。異教は直接的間接的にネパールの弱者のためになっている様です。この様な状況からか、他人の宗教を転換させる行為や、宗教勧誘を制限する動きもあるそうです。以下にに簡単なタイムラインを記します。

  • 2006年ヒンドゥー教はネパールの国教ではなくなり、あらゆる宗教がネパールで精力的に活動してきました。
  • 2015年ネパールは憲法で再び改宗を禁止してしまいました。
  • 2017年には"改宗禁止法"を作り、改宗を勧めたものは処罰対象になりました。キリスト教布教者が逮捕されたこともありました。(釈放済み)

以上、ネパールのカースト制度について解説致しました。

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