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ネパールのゲイ・トランスジェンダー関連の現状

世界には、男性だけど同性が好き、あるいは、気持ちは女性なのに外見は男という人々もいます。従来まで分からなかったことが、医学的に解明されるようになり、性別の認識は脳の遺伝子変異と深いつながりがあることが明らかになりつつあります。そういった医学的根拠も助けになり、生まれながら性別の悩みを持ってきた人々に対するケアの必要性も認知されるようになってきています。個人の意思ではどうにもならない生まれながらのLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー=ニューハーフ)の人々を否定することは人格否定という考え方も欧米では認知されてきているのです。

この記事では、ネパールのLGBT事情のうち、トランスジェンダーとゲイはネパールでどうなっているのかについて述べていきます。

ネパールゲイ文化発展の歴史

まず最初に、近年起きたネパールゲイの事情を変革するできごとが4つありました。 以下に後述してゆきますように、ネパールは、ゆっくりですが、確実に人間の生き方を尊重する歩みを進めています。これはネパールが諸外国より進んでいる点の一つといえるかもしれません。 平等な尊重を求めゲイをもう恥じない人々の活動の成果ともいえますが、一方でまだまだ就職などにおいては一般化が追いついておらず、克服されるべき課題が残っているようです。

ネパールゲイの合法化

2007年、ネパールはゲイを合法化しました。それまでは違法だったというのは驚きですね。この年からネパールはそれまでの保守的な姿勢から、LGBTを不当な差別から守り、法の下に保護する方針に転換しました。

ネパールでトランスジェンダーとして生きるヒジュラー

しかし2007年以前から、身体の性と心の性が一致しない人々がネパールにもいました。ネパールで古代からヒジュラ(ヒジャダ)と呼ばれる人々で、どちらかというと女性として生きる男性です。 彼らは思春期に自身の性別に疑念を感じ、ひょっとすると女性的なのではないか?という思と、女性として見られたい、扱われたいという思いによって、自らヒジュラーになってゆきます。 ヒジュラーのコミュニティーはそういった人々の受け皿となってきました。 ヒジュラーのコミュニティーでは、男性であることを辞めたい人が集まり、師と共に生きるなかで女性として扱われるなかで、おざなりにされてきた女性の心を開花させてゆきます。 ヒジュラの人々は通常化粧はあまりしていません。髪の毛を長く伸ばし、女性用の衣服を身に着けていますが、顔は男性そのものです。娼婦のように生きるのではなく、純粋に男性ではない性として生きる人々です。 昔からこういった伝統があったのですが、これまでこういった人々は社会的に阻害されていました。 また、こうした人々はたびたび、女装した娼婦と同視される傾向もありました。 確かにネパールにも、女装した男娼などもいますが、客と女装した男娼が刹那的な性行為を求めるフィジカルな関係は、前述のヒジャダーとは多少異なっています。

ネパールゲイが多く集まる場所

ネパールゲイスポット:夜のタメル

タメルのバーの幾つかでは、経営者がゲイであったり、ゲイの人々が集まるバーもあるようです。ゲイの人々は出会い系(?)アプリを使って、仲間を探し、互いを励ましあい、或いはメンタルケアを必要とするのかもしれません。また、ナイトライフを盛り上げるバーやパブでは外国からのゲイも来ます。ゲイが来るというより、観光客のなかにはゲイの人もいるということでしょう。

ネパールゲイスポット:ラトナパーク周辺

夜に出没する女装した人々はカトマンズのラトナ公園近くでよく目撃されます。立っているだけですので、彼ら(彼女ら)が性風俗に関与しているか定かではありませんが、派手な服装ですが、彼らの表情はとても硬いです。本当の自分でオープンに生きられない社会の抑圧、その保守的な社会の目に緊張と恥じらいをもちながらも、自己を表現する場を求め、このカトマンズのラトナ公園の近くに集まっていることを考えると、なんだか哀しくも見えてきます。

ネパールゲイを許容する第3の性パスポート

2015年、ネパールは第3の性表記のパスポート発行を開始しました。個人的な経験から私はネパールという国は寛容だと感じてきましたが、パスポートに第3の性を表記するようにもなっているそうです。SEX表記はMでもFでもない「O」つまり、男性でも女性でもないOTHER(その他)です。男でない、だけど女性でもない、そもそも男でないなら女か、という考え方を超越したOTHERのようです。これは隠れゲイの人々に大きな勇気を与えたことですし、実際に「O」パスポートを取得した人々がメディアに登場することで、ネパール国民の意識にも変化をもたらしました。ネパールの入国審査表にも、入国者の性別記入欄に男性、女性、のほかに第3の性も書かれています。

ネパールゲイであることを隠して結婚する男性達

ネパールは部族社会でやってきました。今もその名残が強く残っています。最もこの名残が強く現れているのが結婚です。部族の男達は、結婚適齢期が来ると、必ず親の意思か、或いは本人の意思で結婚しなければなりません。 そういった状況下と、そしてゲイであることを言えない社会において、仕方なく結婚してゆく人々が実はけっこうな数いると言います。ゲイという生き方にスポットライトがあたると、ゲイであることを自己否定していた人がゲイを自覚しだすかもしれません。それは今後ネパールでのゲイカルチャーの発展次第です。

ネパールゲイの同性結婚

2017年、ネパール西部のダデルドゥラ地区でついにネパール人同士の同性婚が認められました。「O」パスポートを所有する本人にしてみたら、これは同性婚ではなく、異性との結婚であるわけですが、それが公的にも認められたのです。

ネパールLGBTの祭Mr Gay Handsome Nepal

Mr Gay Handsome NepalというネパールのLGBTコミュニティ「ブルーダイアモンドソサエティ(Blue Diamond Society)」によって開かれたゲイの大会。優勝者には50000ルピーと優勝トロフィーが与えられた。この大会の目的はハンサムなゲイを表彰するのみでなく、ゲイあることを恥じず、まず自分自身がゲイとしてしっかりと自己主張して生きることが、ゲイに対する理解や認識を向上させるというコンセプトのもとに開かれました。

ネパールゲイ・ネパールトランスジェンダーの著名人

  • Sunil Babu Pant

    彼はネパールのLGBTコミュニティーである「ブルーダイアモンドソサエティ(Blue Diamond Society)」の創設者です。ゲイ向けの観光サービスを提供するPink Mountain Travelsの運営も行っており、その他さまざまなゲイ・同性愛者の人権を保護する活動をおこなっています。
  • Anjali Lama

    ネパールのトランスジェンダーモデルです。トランスジェンダーとして始めてファッションショーに参加するなど、若者やメディアの注目を集めています。
  • monika shahi

    ネパールで最初に同性婚が認められたトランスジェンダー

ネパールでは男同士が手を繋ぐ

これはゲイの話題ではありませんが、ついでに書きますと、初めてネパールに行ったとき、私は男から手をつながれました。空港から駐車場に向かうときに、私の手を握って車まで案内されました。びっくりしましたが、瞬時に私は『これは文化的なものだな?』と思い、失礼にならないよう手をふりほどきませんでした。 それから、農村など、昔のネパールの残る地域に行くと私は手を握られることが多かったです。このあたりを見せて回ると言って、手をがっちり繋がれて、歩き回るわけです。これらに私はゲイと感じたことはありません。好意と敬意を感じますから、そのまま真顔でしっかりと話を聞いておりました。

ネパールのゲイ・トランスジェンダーについて感想

このような流れの中でネパールは、少なくとも、ゲイやトランスジェンダーをいけないことであるように考えることは思いやりに欠けること、また、馬鹿にすることは良くないこと、という認識は一般化しつつあります。
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