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ネパールはどんな国?

ネパール人留学生の特徴と生態系

ネパール人の留学生と目的の変化

冷戦時代のネパール人留学生

かつて冷戦時代、選ばれたネパール人はソ連に留学し、思想を学び、政治を学び、技術を学び、ネパールに帰国した。祖国のために留学していたのだ。西側諸国も同じようにネパールを待遇したし、共産主義が興るのを恐れてソ連からの留学帰りにさえ留学に招待した。そして留学生たち(選ばれた人達)は両陣営を見て学び、ネパールに帰国した。ネパールのテクノクラートはこうしてできあがった。
そして冷戦の恩恵は終わった。

グローバル化時代のネパール人留学生

ところが現在は有難くも個人個人が留学できる時代。ネパールもそうなってて、留学するのが一般市民まで広がった。(これは当たり前で、なに人であろうと、みんな誰しも外国とかを見てみたいもの)。以前と違うのは、彼らは国への奉仕を目的として組織的に留学しているのではないところ。国が何にもしないといって諦めるのではなく、自ら動き始めた!
個人が個人の都合で留学する。その目的は主に、留学先で永住権を取得することか、外貨を獲得すること。これに躍起になっている。巨額の入学費を外国に払い、外国で教育を受けて、外国に住む。或いは、不法でもいいから留学中に出来うる限り働いて貯金して祖国に家を建てる。それのみに集約される。
が、これのおかげじゃないだろうか?ネパールは急ピッチで変わってきてますよね?
個人個人が開明することで、結果としてそれが国内の発展になんらかのきっかけをもたらす。
体制維持のため腐敗してゆく組織より、自分のために自分のしたいことをする人達を生んだほうが結局は全体のためになっているのかも?

国内で悶々と考えるより、海外を見るほうがよほど早いかもしれない。

実はネパール人は"働かない"どころか仕事熱心

外国も見てみたいし、お金も稼ぎたいし、気に入れば住んでみたい。留学は一石三鳥なのだ。だから何を勉強するかなどおかまいなし。とにかくあるやつで良いと。語学学校に2年間通い続けただけとか、語学学校からいけそうな大学までいったけど全然言葉できないとか、かなりな率でいる。

そもそも最初の時点で留学先が手当たり次第。留学ではなく、労働として行く者も激増。ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリア、日本、中国、シンガポール、フィリピン、インド、マレーシア、イスラム諸国、もうどこでも良いと言わんばかりだ。あそこがだめならここ、ここがだめならまた次の国。

ネパール人社会で構築・共用される情報ネットワーク

若い男子たちは外国に行きたいと願う人が物凄い勢いで増加している。同時に不安も抱えている。ビザの査定で投資が無駄になるリスクが少なからずあるし、仕事にありつけるかというのが最大の関心ごと。そこで既に外国に渡った者とネットワークができている。そこからリアルタイムで情報を察知して危険性や将来性を吟味し、クリアと分かれば積極的に出国するようになってきている。ネパール人は人と人のつながりが強いため、何万人という海外在住者がそれぞれとよく連絡をとりあっている。ネパール人は目上や恩のある人の言葉は良く聞くため、頼みごとをされるとちゃんとそれを探って伝えている。恩人の知人がどこそこの国のなになにについて知りたいと言えば、友人の友人の知人とかまですぐに聞いてくれるような社会。だからその情報網はとてつもなく広い。命令が瞬時に隅々まで行き渡る情報機関のようでもある。

ネパール人の臨機応変に遣り繰るバイタリティ

ポルトガルで2年間ある条件の労働を満たせば永住権を獲得できると聞けば、EUどこでもいけるという野望を描いてせっせと渡航する。しかもドイツから入国するというぬかりのなさだ。またたくまに関連の斡旋業者が続々とオープンする。

日本はあまりよくないという噂が流れ始めた最近では、日本留学中にオーストラリアに留学先を変えよう!我が業者がそれを可能にします!と売り出す業者がさっそく出る。
身の動きが軽やかなのだ。何か遊牧民的なところがある。

ネパール人は結果オーライ

環境に合わせて敏感に即応的にこなしていくこのエネルギーというか、バイタリティ、ハングリー精神、貪欲さは相当なものだ。彼らが外貨で充分に潤ったとき、いつかは祖国をよりよくするために目を向けるようになっていく。
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