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ネパールのカースト制度・人種・苗字・階級・歴史をわかりやすく解説

ネパールでは苗字や人種で人の扱いを区別する制度が存在していました。一般的にカースト制度と呼ばれます。この記事では、ネパールのカースト制度の仕組み、歴史、現状まで徹底的に解説していきます。

ネパール人の民族衣装を一覧化して見よう

この記事では、ネパールの民族とネパール民族衣装写真を一覧化して紹介してゆきます。各部族の伝統衣装はとてもエキゾチックで魅力的です。また、ネパール人はカーストの見分け方として、民族衣装で相手がどういった民族かあらかじめ認知することができます。生活習慣が異なる人々が共存しているネパール社会ですから、相手を尊重する上でカーストを見分ける方法にもなっています。色んなのがありますから、最後まで見ていきましょう。
カーストについてはこちらの記事をどうぞ:

ネパール民族衣装とネパールカースト

最近は違うカーストの民族衣装のデザインを取り入れたりして、ミックスタイプのファッション性重視になっているが、ここでは本来の民族衣装のデザイン、その特徴をつかんでゆく。

ライ族

スカートが特徴です。ダークな色にドットの柄ですね。顔も見た目も違いますね。通常のネパール人よりかなり東アジア的な顔立ちになっています。彼らはネパール東部の勢力でして、一種固有の文化を保持しています。また、カースト制度に入ったことはないと主張してきていますし、ネパールもその史実については認めているそうです。とは言え、アーリア集団からはカースト制度の中間層だと見なされています。

リンブー族

ラオス人のようにも見えますね。上はタイトにびしっと閉めて、下はスカートをたっぷりと大胆に巻いています。リンブーはライとよく混同視されています。住んでいる地域もライと同じく東ネパールですし、種族もかなり似ていますから、婚姻含め、文化的、歴史的に互換性があるようです。

タカリ族

両肩に羽織るようなスカーフが特徴的です。

タルー

タルーの人々はネパールの南方、タライ平原地帯をオリジンにする民族です。ネパール南部からネパールと国境を接する周辺地帯インドのビハールやウッタルプラデシュ州まで分布しています。現在の国境とは関係ない範囲で住んでいた人たちってことですね。彼らは農業をしています。とても純朴な人々です。ネパールでは18世紀にネパール王国が成立すると、土地を奪われてしまいました。

ディマール

ホントのディマールドレスはブラウスを着用しない。つまりなんと、胸元から上は素肌です。びっくりですよね。ディマールの人々は、田植えの時期や収穫の時期など、手伝いとして季節労働に従事していることが多いそうです。顔立ちは東南アジア人などに近いです。

タマン

下はロングスカート調。タマン族はネパールの山々に住んできた人々です。仏教徒も多くいます。貧富の差が激しいカーストでもあり、貧しい層はたいへん深刻な状況下で暮らしています。

グルング

ガリャックと呼ばれるベルベッド調の布で胸元から下、ひざ元あたりまで一気に覆うように着るのが特色
グルング族はネパール中部とそしてネパール東部の2派あるそうです。モンゴロイド系部族です。ネパール第2の都市ポカラでは人口のマジョリティとして、地域コミュニティの主導的立場にあります。

マガール

肩に白いスカーフ。マガールの人々は中世の時代にはネパール中部で強力な勢力を誇っていました。彼ら自身の王国もありましたし、かつてはネパールといえばマガールというぐらい、メジャーな部族だったのです。

シェルパ

シェルパの他のネパールの民族衣装とは根本的にデザインが異なる。。人々はヒマラヤの高山地帯に住んでいます。高山に適応した強靭な体力を持っています。彼らはヒマラヤ高山という僻地において、あまり他とかかわらない生活をしていましたが、今ではトレッキングのガイドやツアー関係で財をなし、裕福な人々も出始めています。

バウン(バウン・チェトリ・ダマイ・カーミ)

ネパールの帽子や布に使われている伝統的な柄の上下。この民族衣装がネパールを代表する衣装になりました。パルバテ・ヒンドゥーと呼ばれるグループで、主に丘陵地帯に生息してきていましたが、18世紀末ごろから力が増してゆき、19世紀には完全にネパールを掌握しました。

ネワール

黒と白と赤。カトマンズ盆地の先住民です。彼らはアーリアやモンゴロイドのミックスしたような顔立ちをしており、彼らのあらゆるものが中国とインドのミックスのような興味深いデザインになっています。