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ネパールはどんな国?

カーストを偽る人々の真意 ネパール

私の経験では、チェトリの人々は自らをバウンと言いたがる。或いは、自らを上位カーストと言いたがる。序列1位のバウンがそういったことを口にしないのとは対照的だ。 特に、バウンと被っている幾つかのチェトリの名字の人は、自らをバウンと自称する人が多い。 ネパールではカースト差別・序列意識を消すようにする努力が率先して続けられているが、一方でバウンと思われたい人々もいるようだ。バウンというのはネパールのカースト制の最上位の身分のこと。
こんなことがあった。
―私がネパールのカーストを分かっていないと思ったチェトリの女性は、「私もバウンよ」と言い出した。
―同じ村、同じ姓の人々がいたが「自分たちはバウンだ」と言っていたが、あとから他の人にあそこはチェトリの村だよと教えられた。教えてくれたのは教師であった。
―チェトリの人がダリットの人をバウンと呼んだり紹介したりしている。

これは本質的なことだなと感じた。
バウンだけがバウン(最上位)かと、自分達もみんなも最上位だと言っているように聞こえた。突き詰めるとこれはバウンに対する反発の意識でもある。
カーストの上下で人間を決めるのは良くないし、全員平等であるならば、みんなバウンであると表現し得る。
彼らは正しいと思った。

そう、貴方たちはみんなバウンなんだな!と

また、こういうこともあった。

―バウンに顔が似ているからバウンと呼ばれている者がいた。


これも差別主義に対する皮肉である。本質的には人間はみな同じだと、顔もそっくりじゃないかと。

日本に身分制度は無いし、産まれによる上下は無いと言っても理解できないネパールの人々に
日本では人間は全員バウンだよと言うと今度は理解できる。

産まれによる制約を受けず、差し引き無くフルに尊重される存在がバウンであるならば、基本的人権が尊重される国の民は全員バウンとネパールでは解釈され得るのだ。

ネパールが「ボクもバウンだよ、私もバウンです。」と言う社会になればカーストの身分が何なのかその意味もなくなるだろう。
ちゃんと人権意識を持ち、尊重され、自由にしたいことをして生きられる一人の人間よと。

どのみちいずれカースト意識は無くなる。
今の状態では成り立たなくなるだろう。

カースト主義者に対する反発意識もかなり強くなっている。ネパールでは誰もがカーストを語る。 自分の所属する部族の決まりで生きているし、相手の所属する部族との違いを認識するためだ。

しかしカーストを蔑むような行為は無い。違いを認知し、尊重し、共存している。 カーストはカーストとして多種多様に残っているが、そこに上下を持ち込むことは良くないといった感じだろうか。ま、もともとキャパの広い人々ではあるから、カーストにからめた多少の意地悪ジョークや自虐ジョークは見聞きするけど。意地悪は身分が上にされていた人が下にされていた人に発するのみではない。その逆、下にされていた人が上にされていた人を揶揄うジョークもよくあることだ。

現在のところ実際にはネパールでカーストを偽ることは一時的には可能だろうが、ずっとカーストを偽って暮らすことは不可能である。
よそものが来るとすぐに分かるし、よそ者がどこから来たかもすぐに分かってしまう。
村ごとでカーストの住み分けが今もってなされているためだ。
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