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ネパールはどんな国?

インド人とネパール人は『ブッダ(釈迦)の国籍問題』で激怒する

さて、インド人とネパール人が同じ場に居合わせることもある。ネパール人やインド人は和やかな人々で、人の言うことに干渉しない。しかし、たった一つだけ、彼らを本気にさせてしまうことがある。彼らがお国の名誉をかけて固執し続けること。それは悪口にもなり得る危険なものである。

それは「ブッダの出身地」である。

インド人とネパール人、ブッダ生誕の地で大論争。

「ブッダ ワズ ボーン イン ネパール」というフレーズがネパールにある。

言うなれば"日本には四季がある"といったところか。
しかし彼らは本気だ。国家のプライドがかかっている。ネパール人に対して、ブッダがインド人だというのはとても傷つくことである。彼らの愛国心にかかわる重要な関心事なのだ。
インド人に対して、ブッダがネパール人だというのも、彼らのプライドを傷つける。
このことはずっと続いてきたし、これからも続くだろう。
 
インドは「ブッダはインド人」だと言い続けるし、ネパール人は「ブッダはネパール出身」だと言い続けるだろう。ネパール人は合う外国人全員に「ブッダ ワズ ボーン イン ネパール」と挨拶のように言う。まるで「ドゥ ユ ノウ ほにゃらら?」みたいなものなのだが、彼らはこれに国民のプライドをかけている。あれ?ブッダってインド人じゃなかったかな?とうろ覚えな記憶を確かめることすらネパール人にとっては不快のようだ。 私はこのことを知っているので、時々冗談で「ブッダはインド人だよな」と言うと、まず10人中10人が血相を変えて私を教え諭そうとする。

議論に巻き込まれたときの解決策

歴史では、そもそもそこが現行のインドかネパールかで語るのがナンセンスなのではないかということではないだろうか。ブッダはあのへんに当時あったシャカ族の国の王子である。今はその地はネパール領内にありルンビニと呼ばれている。そこにはインドの大王アショーカの石柱も残っている。
当時は今の国境ではない。ネパールという統一された国が誕生するのは、それからずっとずっと後のシャハ朝の時代に入ってからである。インド人とネパール人のこの話に巻き込まれた場合、解決策としては、ブッダは今のネパールのあたりで当時産まれ、インドで死んだ。ぐらいしか言いようがないだろう。 でもブッダがどこで産まれたにせよ、その生誕地が今はネパール領内にあり、彼がインスピレーションを受けたのはインドでの旅路のなかであったのだから、インドがブッダにインスピレーションを与えたとでも言えば喜ぶだろう。そしてガウタム・シダルタ=ブッダはインドで入滅している。

「ブッダ ワズ ボーン イン ネパール」

「ブッダ ワズ ボーン イン ネパール」という言葉に真実があるのではないだろうか。これだけ必死に生誕地の論争が続く中で、彼らが「ブッダ ワズ ネパリ(ブッダはネパール人だった)」ということはないのだ。

ポイント:
  • 釈迦誕生の地は現ネパールのルンビニ
  • 釈迦入滅の地はインドのクシナガル
番外編
美人編