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ネパールはどんな国?

実例 ネパール: アレンジ結婚(見合い結婚)の悲話編

ネパールでは二十歳前後までに本人の意思か親の意思で結婚を済ませる。
親の意思で決まる場合も本人の意思の場合も最終的にアレンジされる点で同じだ。アレンジは今も一般的に行われている。

アレンジ結婚というと、大掛かりで大金のかかるものをイメージするかもしれないが、そんなことはない。金をかけるばかりがアレンジではないのだ。

ネパールでは男児はヒーロー扱いだ。愛され可愛がられて育つ。女児はプリンセスではない。かつて女児は嫁に出されていくだけだった。嫁ぎ先では労働力として使われていた。


親の意思で決まる場合、親が考え絞って選んだ最良の相手であれば、良いこともある。

しかし昔のアレンジ結婚は無理やりで投げやり、強引なケースも多かった。
当時の女性達は無垢で真面目で一途、嫁いだ先でどんなことになっても頑張り抜いていた。

しかし女性が泣くばかりがアレンジ結婚ではない。時には男性を怒鳴り散らして豪快に暮らす鬼女もいる。


私の知るある女性(サビタ=仮名)は豪農の末っ子として可愛がられたためワガママに育ち、嫁に出ることを拒み続けていた。サビタは当時27歳、ネパールではあまりにも結婚適齢期を過ぎていた。こうなってはもはや嫁に欲しがる男性もいない。

実は昔、サビタにアプローチした男性がいた。隣家の男で、カトマンズ務めで、カトマンズにも家があった。それは当時ステータスだった。男性は彼女の口座にお金をいきなり振り込み、好きに使って下さい。私と結婚してくださいと求婚した。これは異例である。通常、ダウリという持参金は女性側が男性側に渡さなければならない。


サビタは舞い上がった。時々しか見かけなかった村の出世人が求婚してきたのだ。結婚してカトマンズに住みたかった。

しかしサビタの親が絶対に結婚を許さなかった。男性に離婚経験があったからだ。可愛いがって育てた末っ子を、離婚経験のある男性に出すのが心配だったという。そしてそこはネパール女性、サビタは親の言うことを聞き、振り込まれた金を返却。

しかしこれは彼女にとって忘れられない記憶になってしまった。
その後も何度かアレンジメントの話があったが、どうしても初回の内容と比べてしまい、断り続けたのだ。



そうして今や27歳、遂に最後の結婚の機会が来た。隣村の冴えない貧乏人が、どうしてもサビタと結婚したい。サビタでなければ結婚しないと言ってきかないのだと言う。男性は貧しいだけでなく、小柄で、容姿も良くなかった。
これにサビタの側では親戚さえ総出で反対した。
ネパールの家族システムは時に親戚も絶大な発言力を持つ。

「なぜ豪農のうちがあんな貧乏一家と結婚を??」

サビタの父親は決めた。

ワガママな娘サビタには、こういう純朴で一途な男でちょうど良いと。
結婚式の日、サビタは泣き続け、新郎とツーショット写真さえ撮らなかった。
結婚後も新郎と同室で寝ることを拒否し、しかも実家に一週間勝手に帰ることを繰り返していた。

そうしながら半年が経ったころ、遂に旦那の堪忍袋の緖が切れ、サビタの両親と話し合いになったのだ。

「結婚したのにどういうつもりだ。なぜ戻ってくる娘にちゃんとするように啓さないのか!」

それから十年
サビタは旦那を怒鳴り散らしながら家事をする日々だ。その姿はまさに鬼おんな。あれほど彼女を好いた旦那だが、今や彼女に対する関心は完全に失われている。サビタに返事をすることはあっても、自分から話しかけることはない。そんな旦那はサビタを「兄さん」と呼んでいる。

サビタは時々牧草集めに出ると、かつて求婚したカトマンズの出世人の家の前を通ることがある。

そこには別の女性がいて、牧草を背負って歩くサビタを黙って見つめている。


このように何だかんで快適にやっている女もいるが、アレンジ結婚の産む典型的な悲劇、悲哀な話も書いておこう。


中年女性(シーラ=仮名)はいつも謙虚で細やかな気遣いをする人柄だ。何年も前にある男性の二番目の妻としてアレンジ結婚をさせられた。 当時、イエスもノーも無かった。結婚しろと言われたから言うことを聞いてしたのだ。

男性の一番目の妻は精神を病み、日常生活に支障がでるようになっていたために、二番目の妻が必要だったという。一番の妻の子供もいた。

ヒンドゥー圏では一夫多妻は時々いる。旦那の一存で決まる。

なんとシーラは結婚してすぐ避妊手術を受けさせられた。男性のパイプカットのように、女性の卵管を縛って排卵できないようにするのがある。
これが夫婦と呼べるだろうか?

そうして何年も経った。夫の愛情は今も一番目の妻にのみ向けられている。それでもシーラは子供たちを自分の子供のように可愛がり、夫を大切に支え続けている。
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