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ネパールはどんな国?

ダリット差別・迫害の実態

さて、あらゆる偏見・差別解消の気運高まる世界のなかで、結論は、カースト制度が続いたネパールも変わってきている。こちらの記事もあわせてどうぞ:

ダリットとは?

ダリットとは、ヒンドゥー教を信仰する社会の身分制度であるカースト制度の被差別階級にあった人々を総称するためにできた新語である。つまり、差別語ではない。オフィシャルに使うための言葉としてダリットと言われている。

カースト制の不可触民ダリット

不可触民とは読んで字のごとく、触ることが可能で無い民という意味で、カースト制度によってダリットから物を手渡しすること、神像に触れること、水を共有すること、生物を間接的にもらうこと、などが全て禁じられていた。アンタッチャブルと言う表現を聞いたことがある人もいるだろう。アンタッチャブルとは英語でUntouchable、つまり触れないという意味である。たいへん心無い扱いを受けていたのだ。

ダリットの職業

ダリットは就ける職業も限定されていた。代表的なのが以下だ。
  • 行事の音楽演奏
  • テーラー
  • 靴職人
  • 金属加工
  • 売春

ダリットの生活

ダリットの生活は向上してきている。政府による保護政策が行われているのと同時に、学校教育でダリット差別の撤廃を徹底していることで、生活の改善と、周囲からの差別の減少により、わりと裕福なダリットも出てきている。(地域によっては根強い差別が残るところもある)

ダリットのキリスト教への改宗

上記のように、ヒンドゥー教はヒンドゥー教徒であるダリットを差別してきた。これにより、ヒンドゥー教が国教から廃止されてからは改宗が増加し始め、キリスト教の布教もともなって、改宗者が増えてきている。

ダリットへの偏見

ネパールでは低い身分に定められていた人々がいて、賤業とみなされる職には彼らが従事していた。ネパール政府は身分制度を廃止し、法で階級差別を禁止じ罰するよう努力をしている。まずダリットという言葉は差別的な意味で使われているのではない。被差別階級のことで、かつて迫害を受けたダマイ・サルキ・カーミなどの人々に対するオフィシャルな総称だ。とは言っても、ダマイやサルキ、カーミなども本来差別的な言葉ではない。ただのグループの名前であるのだが、グループの名前で階級の分かるネパールでは、どうしても身分を連想させてしまっていたのだ。しかしダリットの人々自身も色々で、堂々と自分のグループ名を言う人もいれば、グループ名で呼ばれることを嫌う人もいる。呼ぶほうが侮蔑の意味を込めて呼ぶからおかしくなる。

ダリットの仕事への偏見

しかも、ダリットという言葉の登場で、本来のグループ名が本当に何かダメなもの、呼んではいけないものという印象がダリット自身にも浸透・感化しているのではないだろうか。ネパールでは新たな言葉を作るよりも、すべての職業が、尊ばれるべきまっとうな生きる道であることを教育するほうが先ではないだろうか。ネパールの若者たちは母国では清掃の仕事も嫌がるが、外国へ行くと清掃でもなんでもやる。母国では職業に対する偏見が残っているということだ。単純に嫌な仕事というのなら分かる、しかし、ネパールでは、その仕事は低い身分がするものだから嫌だという感覚がまだ残っている。

カーストと職業の変化

ネパールでは裁縫・清掃・靴づくりは低い階級の人々の仕事、賤業とされてきた。裁縫の仕事と言えばダマイの職業であったが、しかし今ではダマイが独占した仕事ではなくなっている。もともと裁縫はネパールの女性のほとんどが家庭で学んでいるため、現在は収入を得るためにあらゆるカーストの人々が裁縫屋に座って働いている。ダマイの店のほうが少なくなっているぐらいだ。これは、裁縫が卑しい仕事ではなく、衣類やそのサイジングが人に必要とされる作業であることを認知されているからだ。カトマンズでは、裁縫はダマイの店に持っていけば安く早くしてくれると言ったりすることがあるが、これを差別心で言っている人はいないだろう。

公共心が必要

清掃にしても、『公共心』を教育すればきっと、世のため、町のためになっていることがはっきりと認知されるに違いない。現状ではネパールにはおよそ公共心というものがなく、町中ではポイ捨ては当たり前、めちゃくちゃに散らかしまわり、最後にそれを綺麗にする仕事は誰もしたがらない状態で軽視されている。

ダリットは美人?

これは人の好き好きだが、ネパール人の女の子などは、カトマンズのダマイの女性は通常白くて美しいと言ったりしていて、容姿が人気があるようだ。

狭い社会でのダリット迫害

非常に気の毒だ。かつて如何に虐げられても、この深く険しいネパールの山々を移動し、移動先で一からやっていくことは極めて困難であって、諦めるしかなかっただろう。また、カースト制度は苗字で階級身分が分かる制度でも書いたように、カースト制度は階級ごとに決まった苗字があるため、ネパールのどこへ行っても蔑視の目から逃れることはできないのだ。時にはジャクリ(占い師)や魔女狩りに見るネパール人の信仰心・信心深さの記事で書いたように、狂信的な魔女狩りのターゲットにされることもあった。

ダリット差別とはようするに村八分

水を区別する、家に入れない、料理を受け取らない、持ち込まない、行事に呼ばない、差別的に呼ぶ、粗末に扱う、などの差別があった。
さらにダリットと仲良くしている者にも陰口を叩くなどもあったようだ。
実に涙ぐましいのは、被差別層はそれが当たり前にまかり通ると、自ら差別に順応し自粛するようになることだ。
差別する人のルールに従い、気を使うようになる。

ダリット差別の実例

実際に私が知る話がある。

ハイカーストの女性と彼女の友人のダリット女性は学生時代からの幼馴染み、ヒンズー教の文化で家族の一員に召する契(ミッティ)を結んだ仲として、いつも一緒に遊んでいたが、ダリット女性がハイカースト女性の家の庭に遊びに行くことはあっても、今に至るまで一度も家の中には入れなった。ヒンズー教とソサエティの掟を破ってはならないのだと。バグワン(神)が怒るともいった。
ダリットの作った食べ物は食うことはダメ、まして家に持ち込んではならないのだと。
ダリット自身、それが当たり前になり入ろうともしなかった。大人になった今もそれは変わっていない。二人は仲良く家の前に座り、他愛もない話をして過ごす。

またある日はいつものように座って喋るうちに借金がもとで口論になった。ハイカーストの女性は友人のダリットから借金をしていたのだ。
返済を要求したときの聞き方が気に食わないといって差別語で激しく罵った。
しかしあとで謝ったのはダリットのほうだった。ハイカーストの娘は謝らなかった。
ネパール人は食べ物をふるまうのが好きだが、ダリットの女性は自分が作った食べ物を渡そうとしない。受け取られないことを知っているからだ。

ネパールの差別は信仰(ヒンドゥー教)からきていた。ヒンズー教とカーストの身分制度は密接な関係にあり、ヒンドゥー教の定めに則る日々の行いは(カースト制度以外にも)彼らの文化、生活、習慣そのものになっていた。

暗い話になったが、確実にネパール人の意識は変わってきている。ネパール人は思いやりが強く、寛大である。このことは明らかだ。だが、階級意識がその優しい心をフルに発揮することを妨げていた。田舎(ネパールはほとんどが田舎)にいくと、上記のような光景に出くわすこともあった。

カースト制度はアーリア人の慣習が基盤になった

階級分けの特徴は、モンゴロイドを格下にするだけでなく、同じアーリア系のダリットにも更に激しく差別意識が向けられていた点と、苗字で階級が識別できる点だ。これらはアーリア人が持ち込んだ慣習だが、当初、中間層のモンゴロイドに遭遇する前から、同じアーリア人同士の社会内ですでにダリットがいた。

カースト制度と肌の色

ネパールにおいて、カースト制度は肌の色による階級分けではない。ネパールでは肌の色は身分の上下に比例しない。ハイカーストのインドアーリアにはあらゆる肌の色がいるし、それに比べ全般的に白いモンゴロイドは格下だし、さらにその下のダリットはインドアーリアだが、これもあらゆる肌の色がある。ダリットにも白い人は沢山いる。というかネパール人は日に焼けてだいたい全員同じ色をしている。

ダリット差別をしない人々もいる

ネパールの階級とは、モンゴロイドはマトワリと呼ばれ、タガダリと呼ばれるアーリア人グループより格下の階層に、さらにモンゴロイドの下に同じアーリア系グループの被差別民(現在はダリットと総称される人々)が配置されていたもの。しかしあくまでこれはアーリア人側からの視点であることを忘れてはならない。
ダリットは触ってはいけない(不可触)民として扱うという階級意識による差別が堂々とまかり通っていた半面、一部モンゴロイド部族のようにダリっともタガダリも同じアーリア人としてしか認識していない、または、同じように扱う人々もいた。

ダリット情勢の変化

最も意識改革に積極的な首都カトマンズでは最下層に位置付けられたダリット達への辛辣な言動はもはや聞かれない。 幸いなことに、若い世代は差別意識を自主的に否定し始めている。ネパールの学校教育や諸外国の支援の取り組みのおかげであることはもちろんだが、それだけでなく、インターネットの普及したことで、ダリット自身が、自分から声を伝え問題提起できるようになったからだ。
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