注目の投稿

ネパールはどんな国?

ネパール大地震後から活躍化するお隣の大国中国

china
the neighbor
タメルに行くと中国人がけっこういる。オーストラリア、マレーシア、香港、シンガポール、などの華僑も来るから多く見えるんだろうか。にしてもイミグレーションセンターは中国パスポート所持者が沢山いた。
ポカラやタメルなどは中国人経営のホテルやレストランがすでにけっこうあり、シーズン中は中国の老若男女がうろうろしている。
中国国境から流れてくる末端の粗悪品しか知らないネパール人は、大人から子供まで口を揃えて「中国産は明日は壊れて無きものになる」と言う言葉が以前からあったのだが、実際に中国人と話して好きになったと言ってる現地人も観光地ではいる。女性一人旅の中国人も増えている気がする。

ネパール人が至高とするアイフォンは中国製、ボルボもレノボも中国製、世界的なアパレルブランドも実は中国製。
ネパール人の大半は世界中の会社が経費削減のために中国に建てた自社工場で生産していることも、その高品質製品の生産を担う力が中国についていることも知らないためだ。
ネパールの若者には自主的に中国語を勉強する若者もいる。高校で中国語の授業をやるところもあるらしい。
カトマンズのビジネスを掌握しているネワールは中国の物流なしでは成り立たない。
ネパール人の強引なインドに対する反感がバネになり、中国に期待する声も一部では聞かれる。
ネパールは中国とインドが対峙する緩衝地帯であるため、中国は今後も期待の星として影響力の拡大を地道に続けていく。
中国はネパールでは積極的だ。
カトマンズのバサンタプールダルバー広場(ダルバースクエア)の王宮もネパール大地震で損傷したが、いま中国が復元修復工場をしている。ネパールと中国両国の国境が入り口にはためいていた。日本のJICA(ジャイカ)も一区画に入っていたが。
カトマンズのカランキでも中国による大規模な道路整備が現在進行している(素人目にはかなり頑丈そう)。物流の大動脈であるこの交差点を立体交差点に作り替え、さらなる効率化を図る。 (詳しくは:月ごとに見るカランキ整備の変化①にて)
カトマンズを地震が襲って早二年、カトマンズは古い煉瓦住宅が多く、当時一部瓦解や倒壊した建物が多かった。
カトマンズに密集した古い煉瓦の町並みはネワール人の街の特徴で、壁はコンクリートコーティングしないままが一般的なデザインだが、これにより多くの家でレンガが崩れ落ち半壊したり、通行人に直撃したこともあった。
今も大きな木柱で傾いた建物を支えている光景がカトマンズのいたる所にある。

震災後カトマンズにはすぐに中国のレスキュー隊がきていた。
こんなことがあった。
ある建物が崩壊し、路地の半分ははみ出すように崩落した瓦礫が積み重なっていた。そこは人通りの多い路地であったが、撤去もせずにそのままになっていた。
そこに中国のレスキュー隊が来て掘り出しが始まり、なんと瓦礫の下から生存者が発見されたのだ。地震発生から一週間目にして生き埋めから救助されたのだ。彼は身動きができないなか、小便を服に染み込ませ、水分を補給ししのいでいたのだ。
またある路地ではやはり同じように瓦礫の山ができていたのだが、放置されたままになっていた。人々は諦めていた。ここを中国のチームが撤去作業すると、中から埋もれた死体が発見された。既に死臭が酷いことになっていたという。中国チームが捜索にくる前からすでに死臭は漏れていたのではないだろうか。倒壊を免れた隣家では普通に人々が生活していたという。
当時配られた避難用テントは今も住民たちによって利用されている。中国のレスキューチームの迅速で真剣な活動は評判が良かったと言う。
番外編
美人編