注目の投稿

ネパールはどんな国?

こうも違う日本とネパールの意識 「その苗字の身分は何か」

~ネパールは多民族社会である。カースト制によって分けられた部族によってそれぞれ独自の文化・風俗が存在する。彼らの掟を尊重するために、相手の部族を知ることは、本当に一つの重要な意味を持つのだ・・・。~
ネパールの各カーストの種類や部族特有の苗字一覧についてはこちらを
名前を伝えた直後に、ネパール人にカーストは何か聞かれることがある。カーストは苗字だからそのまま答えて良い。
もっともカーストは英語の造語で、苗字は正確にはネパール語でタールと言う。
しかし、ネパール人はこれを別の意味で聞いている。
ネパールは苗字で身分が分かる。苗字(カースト)=身分(ジャーティ)なのだ。さらに、その苗字から職業まで分かるシステム。

これが1990年頃まで続いたヒンズー教のカースト制度だった。そのためネパール人に名前を尋ねると、簡単に名前だけ言う人がほとんどだが、一人だけ苗字だけは念を押すようにリピートする者も今もいる。

その苗字の「身分は何か」 そんなものはインドとネパールにしか残っていないと言うしかない。或いは、単純に無いと言ったほうが早い。

無いというのも、にしか残っていない、と言うのも、かつて日本にも身分制度があったわけだが。しかし日本の身分制度はそもそも士族以外は苗字を使うことはなく、好きな名前を勝手に名乗っていた。そうして明治に入って個人個人が国に苗字を届け出たもの。何もないところから苗字をつけるため、既存の苗字(士族)が例になり、大名家の名前もそこら中に溢れた。また、そういう発端で職業別の苗字もない。あらゆる苗字があらゆる職業を自由に選んで良いのだ。今や日本人は自分の先祖がどんな身分だっかも知らないし、気にも止めない。例え士族であってもそれを知らない場合もある。
明治維新での廃藩置県、四民平等、大正デモクラシー、戦前の国民皆兵、戦後の混乱、急成長、長い時を経て身分にしがみつく思考など消え去っている。
このへんの、辿った歴史や民族的な地盤が異なる。


そもそも身分制度が日本にもあったとは言え、カースト制度とはかなり違う。日本の最後の身分制度は戦国時代が終わって興った江戸時代のものだが、それも実態としては有能なものを武士へ取り立てたり、平民が身分籍を買収することもできた(幕末の旗本 勝海舟の爺さんはもともと農民の子供である)。 カースト制度のような人種に基づいた恒久的な序列ではない。ネパールの高位身分(人種的ヒエラルキーのトップ)は人口比率から見るとかなりの数だ。人種全体を身分としているためだ。 序列一位のバウンが総人口の11%、序列二位のチェトリ(バウンが他と混血するとチェトリになる。)が総人口の16%で、この二つの階級をタガダリ(上位身分=ハイカースト)としている。 更に日本の侍のように名こそ惜しけれと言って死に際に至るまで拘る誉れ高い美学や何重にも連なる一族郎党、門閥、洗練された行儀や熟慮された作法はない。身の処し方も日本の身分制度は支配階級自身に対しても非常に厳しいものだった。
日本の身分制度は国内同一民族を対象にするものだったのに対し、ネパールのカースト制度は人種や民族の融合を抑制する構図であったからだ。

さて、身分などないよというと、あっけに取られた顔をするネパール人もいる。カースト制度はインドとネパールにしか無いことを教えても納得いかない人もいる。必ずあるはずだと。「どういった身分か?」という質問は、彼らの感覚はいまだに身分階級があって当たり前の世界にあるからだ。
番外編
美人編