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ネパールはどんな国?

マガール族 ネパールでの知られざる興亡

magar
nepali jaati(caste)
マガールはアジア色の濃い民族のなかでは最もカース(インド系諸族)の人々と文化が似ている。 信仰する宗教はヒンズー教(ヒンドゥー)で、柔らかい表情のあっさりして陽気な人が多い。 2011年の統計ではマガールの人口はネパールの人口の7%となっている。 ネパールはもともとその全土に諸民族の諸王国が並立する群雄割拠の状態にあった。かつてガンダキ川流域に12世紀頃には既にマガールの諸グループからなる王国があったという。次第に勢力は拡大し、やがて屈強の王国になっていった。
ゴルカ王国の功労者 ビラジ・タパ・マガール
17世紀末、ゴルカ王国で王と王子の相次いだ死去で後継者争いに陥っていた頃、ビラジ・タパ・マガールは死去した王子の子を身籠っていた妃を匿い、その子を後継者として擁立する。その赤ん坊の名はナラ・ブパル・シャハ。そしてナラ・ブパル・シャハの子は後にネパールを統一するプリティビ・ナラヤン・シャハになる。
権力闘争のリスクを恐れず妃を匿ったビラジがいなければ、プリティビ・ナラヤン・シャハは産まれず、歴史やネパールの国土もまったく違ったものになっていたかもしれない。プリティビ・ナラヤン・シャハの母方の祖父もマガールであったことを見ると、マガールはネパールにおいて影響力を保持していた主要グループの一つと考え得る。 歴史あるマガール族には、700を超えるタール(苗字)があると言う。ネパールのジャーティ(階級のこと。英語ではカースト)に存在する苗字は多くても二桁以内。こう考えるとマガールのその数は圧倒的だ。現チェトリと同じ名字を持つ者も多くいる。カドカやタパだ。実はこれらの苗字は役職に起因している。カドカはサンスクリットで剣を意味し、すなわち戦士であることを表している。タパは王国の役人にみられる苗字となっている。 また、チェットリ(アジア系とは対象的なインド系の顔の人々)とマガールはかつては垣根無くに婚姻していたため、容姿もこれらの混血の産物として、濃淡に個人差はあるものの似通っている顔が時々ある。
輝かしい独自の歴史も持つマガールであったが、彼らが政治の舞台から失墜した原因は19世紀のラナ家の独裁によるカースとマガールの差別化に起因している、と言われている。ラナ家は自らをタクリに昇格した上で、チェトリと定めたカースの人々とマガールの分断を推進。マガールは行政の場で次第に劣勢になっていき、それが理由で外国勢に加担する者も出たと言う。

現ネパール軍にはマガールが顕著に属している。また、英国の部隊に帰属するグルカ傭兵部隊ネパール人は、グルング族やライ族に並びマガール族が多い。古くからネパールに定住していたマガール達は、やがて分布地域ごとによって言語に違いが生まれ、 マガルクラ、 ラナカムクラ、 ジャンクリカイレの3つの独自言語が派生している。
マガールは遺伝子の研究では東アジアからシッキムを経由してネパールにまで到達したとなっている。ビルマやナガランド、ブータン、シッキム、バングラデシュにもマガールは点在している。
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