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ネパールはどんな国?

ネパールでキリスト教がカーストを超えて増加

画像はWikipediaより バギアソフィアのキリストモザイク画
Christian
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ネパールというヒンドゥー教の異世界だが、旧態依然とした奥地にまでキリスト教の教会がで散見される。増えてきているのだ。クリスチャンでイギリス人の友人はネパールを旅した際に教会に寄ってみたと言っていた。欧州で一般的に行なわれているアセンブリーとは異なり、説教はかなり扇動的だったと。キリスト教布教に今まさに熱心なのだろう。こちらの記事もあわせてどうぞ:
私はクリスチャンではないので、ネパールの教会を見に行く機会はこれまでなかった。しかし、キリスト教徒がネパールで増えていることは知っている。特に貧困層は教会から生活品やお金も含めた寄付も受けられるようだ。それだけでない。ヒンドゥー教徒のネパール人も、説教や聖書の朗読会には好んで聞きに行く人がいるのだ。 ヒンズー教は宗教というより文化的な感じだ。儀式やしきたりが多いが、生活の定めごとを実践するのみで、万人が共有するべき善意などを説くことはない。むしろ万人を階級化し徹底的に区別してきた。廃止されたヒンドゥーのカースト制度を引きずる階級社会に絶望する人々は聖書のストーリーに心が惹かれるのではないだろうか。ヒンズーのカースト制度によって最下位層と位置付けられた人々にとっては、ヒンドゥー体制より、聖書の慈しみ深き友なるイエスのほうが生きるための光が見えるはずだ。 ネパールでは今も階級差別がある。一つは「ジャーティ」と呼ばれる身分の階級だ。つまりカースト制度の名残り。カトマンズでは身分差別は無くなったと断言するネパール人も多いが、それは表立って言ってられなくなっただけ。ダリット(不可触民=アンタッチャブル)を傷つける言葉は依然カトマンズでも聞かれる。そして都市圏を少し出ると露骨になる。階級によってはダリットを家に入れたくないとか、威圧的に話すとか、色々いまだに続いている。数年前、ダリットのシンガーが爆発的な人気を得た。彼は自身が経験してきた身分差別の問題を赤裸々に歌い、階級を越えて多くの若者達から支持を得た。自らを『石同然の扱いを受ける人々』と表現し、問題提起したのだ。 もう一つは貧富の階級差だ。陸の孤島ネパールは産業がなく、男は全員出稼ぎし、家族に送金する。送金は家族の生活費、子供の学費に当てられ、残りの貯金とローンを足してマイホームを建てれば引退だ。ネパール全土で建設ラッシュのように次々建物が建っているが、あくまで家が増えているに過ぎない。家を建てる物資、生活品、食物まで全てインドから来る。出稼ぎ達が作った金は最終的にインドに行き、ネパール国内市場にはプールできていないと思う。 それでも出稼ぎで購買力のある人口が増えるとネパール全体の物価は高騰する。だが国内の労働賃金は上がっていない。さらに、インドからの物資ラインがストライキされるたびにまた物価が上がる。こうして出稼ぎしていない、もしくは出稼ぎも行けない乏しい家庭はもはやどうしようもないのだ。

そうして献身とモラルを体現するクリスチャンや聖書を初めて聞いた時、心が洗われたような気持ちになるに違いない。 キリスト教に入信しないネパール人も、何か心の救いになる話を一行でも聞きたくて朗読会に行くのだと思う。
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